研究概要
本研究室では、情報数理的に面白く、かつ(特に通信分野で)工学的に有用な基礎技術の開発を目指しています。
スパース信号復元のためのニューラルネットワーク / ニューラルネットワークに基づく符号化
線形観測ベクトルから元のスパース信号ベクトルの再現を目的とする技術として、圧縮センシングが知られています。 未知変数の数が独立な式の数よりも多い不定方程式系においても、元信号がスパース(疎)なベクトルであれば解が 一意に定まる場合があり、スパース信号復元アルゴリズムは、そのような場合においてスパース信号ベクトルの再現を目的としています。 スパース信号再現や圧縮センシングは、高速サンプリング、医療画像処理、信号処理、無線通信など様々な分野に応用があり、近年、大変注目されている研究分野となっています。
スパース信号再現アルゴリズムとしては、L1最適化に基づく再現法、orthogonal matching pursuit, AMP, ISTAなどの反復再現手法が知られていますが、応用分野によっては、超高速動作や低消費電力向けアプリケーションにおいては、より優れた再現手法の開発が望まれています。
本研究室では、ニューラルネットワークに基づくスパース信号再現法の開発を行っています。適切なネットワーク構造を持ち、かつ適切な損失関数に基づいて学習されたニューラルネットワークで、スパース信号再現が可能であることが最近、われわれのグループの研究により明らかになりました。
本研究室では、ニューラルネットワークを利用したスパース信号再現アルゴリズムの開発を進めるとともに、無線通信への応用を目指して研究を進めています。また、ニューラルネットワークを符号化器として利用した情報源符号化・通信路符号化技法についても研究を進めています。
組み合わせ最適化問題のための、勾配情報を利用するビットフリップ最適化技法の開発
最大カット問題のようなNP困難問題に対して、高速にその近似解を求めたいという場面は しばしば生じます。例えば、次世代の携帯通信規格である5Gにおいては、送信・受信側で数10本から数100本の アンテナ素子を利用するMassive MIMO方式の導入が予定されています。Massive MIMO方式において 受信側で送信信号を推定する問題は、最大カット問題によく似た問題となります。
本研究室では、目的関数の勾配情報に基づくビットフリップ型最適化技法の 開発を行っています。特徴として、勾配情報にノイズを加えることにより停留点からの脱出の可能性を高めています。 提案手法は高い並列性を持ち、ハードウェア実装にも適していることから、無線通信への応用が期待されています。
低密度パリティ検査(LDPC)符号の理論と応用
信頼性の高いデジタル情報通信・デジタル情報記録を実現するために、誤り訂正符号は重要な基盤技術です。 例えば、DVDやブルーレイディスクでは、傷や誇りの影響からデータを守るためにリード・ソロモン符号と呼ばれる 誤り訂正符号でデータを保護しています。
本研究室では、特にLDPC符号(低密度パリティ検査符号)と呼ばれる誤り訂正符号の研究に力を入れています。 LDPC符号の復号では、数万ノードからなる疎な2部グラフ上でビリーフプロパゲーションと呼ばれる メッセージパッシング型確率推論アルゴリズムが実行されます(下図は実行過程の一例です)。 LDPC符号とビリーフプロパゲーションの組み合わせは、非常に強力な誤り訂正能力を持つことが知られています。 近年、LDPC符号は、WiMax, 無線LAN, 10G-baseT, ハードディスクシステムなどに誤り訂正符号として利用され始めており、ますますその適用範囲を広げつつあります。
上に述べた工学的重要性に加えて、LDPC符号は理論面から見ても非常に面白い研究対象です。 本研究室では、LDPC符号の理論と応用について、符号の構成(並列復号に適したプロトグラフLDPC符号,バースト誤り通信路に適したプロトグラフLDPC符号),復号法(ビットフリップ復号法, 線形計画復号法)から研究を進めています。
上の図は、LDPC符号を定義するタナーグラフ上で、メッセージパッシングに基づくビット推定アルゴリズム>(ビリーフプロパゲーション)が動作している状況を表しています。反復を繰り返す事により、通信路において生起した雑音の影響が取り除かれていき、正しく送信ビットが推定されていきます。
上の図の一番左は、オリジナルの画像データです。真ん中の図は、画像データを反転誤り率0.04の2元対称通信路に通したものです。ビット反転誤りの影響で画像にノイズが入っていることが分かります。左のオリジナル画像が符号化率1/2のLDPC符号により符号化されている場合、ビリーフプロパゲーション>(反復回数10回)により右図のように誤りが訂正されます。
頑健なセンサーネットワークを実現するプロトコルの開発 / ランダムネットワークの特性評価
大規模センサーネットワークにおいて、データアグリゲータに故障が生じる場合にサーバへのデータ伝送が破綻しないようにグラフの支配集合分割を利用した頑健なセンサーネットワークを実現するためのプロトコルを開発しています。
一方、ネットワークそのものの性質を調べていくために確率的手法を利用しています。一つ例は、動的ネットワークのネットワーク容量の解析です。ネットワーク容量とは、ネットワークの2つノード間で交換できる情報量の最大値であり、ネットワークの全体の通信性能を決める大事な量です.動的なネットワークをランダムグラフとしてモデル化し、確率的手法を利用することで、いくつかの重要な理論的な知見が得られています(下図)。
フラッシュメモリ、VLSIバスのための符号の開発
フラッシュメモリの長寿命化のためには、適切な制約符号を利用することが有用です。フラッシュメモリを多レベルWOM(Write Once Memory)とみなすことができるため、近年、多レベルWOM符号に関する研究が活発化しています。本研究室では、整数計画法を利用する新しい多レベルWOM符号の設計法を提案しています。
一方、VLSI内で利用されるバスにおいては、クロック速度の高速化・回路の細密化に伴い、クロストーク干渉の生起が問題となってきています。適切な符号化を行うことで、クロストーク干渉を減らすことができることが知られており、クロストーク制限符号の開発が活発化しています。本研究室では、クロストーク制限符号について、その理論的限界の解明と具体的な符号の構成の両面から研究を進めています。